地図から妄想する旅の愉しみ(4)

アルハンブラの思い出②

 「みなさ~ん。お腹へってきましたよねえ?」

そろそろお昼ごはん(アルムエルソ)の時間ですよォ。

 「今日のお昼のメニューは何でしょう?

 (鞄からスケジュールをとりだす)まず一皿目はタパス盛り合わせ。

 つまりはおつまみ大皿料理ですね。鰯のマリネだとか姫イカのフリトス、それから鱈のコロッケのベシャメルソースなんかが前菜として出て参ります。

 そして二皿目です。

 コチニーリョ・アサードって書いています。

 こちらは乳飲み子豚の丸焼き!

 伝統的な調理にこだわる人はきちんと土鍋で皮をパリッパリッに調理するんですよォ。とっても香ばしいです。」

コチニーリョって言えばスペイン語で「乳のみ子豚」を意味します。

彼らがコチニーリョを略して「コチ コチ コチ」って言ったら、それは「子豚ちゃん子豚ちゃん」って感じ。

 「お肉の付け野菜にはじゃがいもが出て参ります。

 じゃがいもはスペインではパタータ!

 写真に納まる時もスペインでは「ハイ チーズ」ではなくて「パタータ!」って言います。

 パタータって言うと口角が上がる感じになるんですって。

 それからデザートは果物、こういったメニューです。

 別途、お飲み物を注文される方は私、添乗員までお申し付けくださいね。」

せっかくアンダルシア地方に向かっています。

お酒をお召し上がりになる方はへレス(シェリー酒)などいかがでしょうか。

シェリー酒ってイギリスが戦後の消費顧客であった経緯から、私たち日本人には甘口のお酒だってイメージがつきまとうでしょ。

でも本場スペインのへレス(シェリー酒)は辛口でいきましょう。

銘柄ならばフィーノやマンサニージャなんかを注文して、小さなグラスに注がれたそれをクイッと飲みましょう。

店の親父さんが「お主なかなかやるではないか」

ビールがお好みならばセルベッサ!カーニャ(生)!で。

スペインのビールはとっても軽~いからこんなのまずはほんのお茶代わり。

 「お昼のお食事が終わったら皆さん絶対!寝るでしょ。

 シエスタのお時間にしましょうね。

 まだまだグラナダまで先は長いけど、午後からはグアダルキビール川のか細い流れを越えていきますよ。」

スペインでは唯一船舶航行可能な川。

ざっと500年ほどその昔、当時の王室に雇われたあのクリストファー・コロンブスという航海士が植民地探しから凱旋帰国した川ですよ。

さて、航海士コロンブスとはどこの国の人ですか?

正解はイタリア・ジェノバの出身です。

だから彼のお名前をイタリア語で表記するならば、クリストーフォロ・コロンボです。

そういえば昔のテレビドラマに刑事コロンボというのがありました。(古いお話ですみません。)

名台詞「うちのかみさんがね」が口癖の、ロサンゼルス警察に配属されたあのコロンボ警部。

彼の祖先を辿っていくとイタリアからやって来た移民なのですよ。

だから世界史上の有数の航海士コロンブスも、イタリアではコロンボと呼ばれます。

さて、その航海士コロンボ(コロンブス)が未知への航海を夢みて最初に活躍を求めた新天地が、実はポルトガル

何故ならばあのポルトガルというイベリア半島の小国は、当時ヨーロッパで最も秀でた航海技術とノウハウを有した土地だったのですよ。

航海の度毎に新たな土地が発見され、地図の中で見ず知らずの土地が記されていくそんな世紀。

そんな環境の中でコロンブスは、弟のバルトロメとともに地図製作産業に携わります。

地図を作っては新しい国が発見され、新しい国が発見されては地図の中で未知の国が埋められてゆく。

コロンブス兄弟の地図製作は活況だったようです。

けれどコロンブスはそんな小商いでは満足いたしません。

彼に新しいチャンスがやって参ります。

航海士コロンブスが異国の地で見染めたその女性の名はフェリパ

彼女は貴族の出身であり、既にこの世の人ではなかったものの彼女の父君はエンリケ航海王子(1364~1460年)の船隊に従軍したという経歴の持ち主。

その関係を頼りに、航海士コロンブスは王室の植民地計画に自身の「西回り航路」の優位性を売り込むのです。

ようやくの事、時のポルトガル王室はコロンブスの「西回り航路」案を審議する機会を設けることとなるのです。

王室の学術の権威が集められいわばコロンブスにとっては一世一代のプレゼンテーションの場でもあります。

ところが!コロンブス。

ここで思わぬ大失態!

なんと地球の円周率の計算を間違えてしまうのです。

王室に招聘された学術の権威がこれを見逃すはずもありません。

コロンブスの「西回り航路」の売り込みはあえなく頓挫してしまいます。

そうしますとコロンブス。

彼は次のスポンサー探しに、拠点をスペインへと移すのであります。

スペインはその頃、800年の永きに亘りきらびやかな宮廷文化を築いてきた、イスラムの教えに導かれたアラブ民族を駆逐するのに躍起になっていました。

 「まもなくだ。

 あの最後の砦。

 グラナダが陥落するのは時間の問題だ。

 そうすればフェルディナンド国王とイサベル女王陛下は、今は国家成立に躍起になっておられるけれど、やがて海外植民地政策に着手するはずだ。

 その時きっと私の西回り航路の優位性に気付いてくれるはずだ」

そうしてコロンブスは新たな新天地のスポンサー探しに、その舞台をスペインへと移すのです。

ウジェーヌ・ドラクロワ『新世界より戻ったクリストファー・コロンブス』
1839年 油彩・画布 トリード美術館(アメリカ・オハイオ)

そんなコロンブスが一縷の望みを抱いたグラナダの町が近くなってまいりましたら、山あいをぬってリナレスの町。

こちらがスペインの現代ギター奏法の神様アンドレス・セゴビア(1893~1987年)出身の町。

そうしたら前方にシェラ・ネバダ山脈の山並み。

本年もそろそろ初雪が観測される季節となってまいりました。

順調に進めば陽が沈む前にグラナダの宿で荷をほどくことになるでしょう。

宵っ張りの国スペインはとにかく夕食の始まりが遅いのですよ。

午後8時あたりにようやく軒を開ける、そんな店もあるくらいですから!

だから夕食までにちょっと路地裏散歩でもご案内いたしますよ。

嬌声を挙げボール蹴りに熱中する子供たち。

大蒜を切り刻むどこかのご家庭の台所。

アルハンブラ宮殿の観光は明日のお楽しみ!

夕暮れの路地裏から丘の上の宮殿を見上げましょう。

ある日本の作家がこんな事言ってました。

 「世界のどの国の町も夕闇は頭上からゆっくり覆いかぶさるかのようにやってくるだろう。けれどグラナダの夕闇は違うのだ。

 足元から夕闇がはいあがってくるのだ。

 そんな路地裏から城を見上げてみたまえ。

 タブラオ(ギターなどで音楽を奏でる居酒屋とでも訳せばよいでしょうか?)からギターの音色でも奏で始めたらそれだけで堪らない気持ちになるのだ」

って。

なるほど。

アルハンブラの思い出だ。

《終わり》